生きながら死に切るとか、金の斧を手に入れるとか、煩悩を捨てるとか
今朝、降りたメッセージは、
【生きながら死に切る】
です。
今日は13日の金曜日です。
世の中では不吉とされる日です。
僕は不吉には思っていなくて、
むしろ、ラッキーデーと思っています。
その13日の金曜日にピッタリのメッセージです。
生きながら死に切る、
そう思ってみると、
全てが要らないし、
人生に何も求めないし、
そこに残るものは、
本物の自分です。
魂の自分です。
そんな気分になりました~♪
13日の金曜日に乾杯~♪
17時になりました。
8月13日金曜日、
17時になりました。
「最低限のことだけして、今日は何もしない…」
というスタンスで、
家の中で一人で時間を過ごしました。
昼にランチを食べに行きました。
「鰻が食べたい」と思い、その思いの通りにしました。
でも、
コロナ渦だし、
一人でグルメする気もなかったので、
近所の吉野家の鰻定食にしました。
1100円で済みました。
その後は、
セブンイレブンに行き、
大好きなカフェラテを飲みました。
そして、家に帰り、
ソファーで横になっていると、
寝てしまいました。
つまり、昼寝をしました。
煩悩について考える。
ツイッターを見ていたら、
【煩悩】
という言葉が目に残りした。
煩悩とは物欲や性欲のことで、
悩みや苦しみの原因になる心のけがれとされています。
滝行や断食で煩悩を消すようなことができるようですが、
僕には無理ですね。
人間生きている限り、
煩悩は付き物と思っています。
物欲や性欲を捨てるようなことをしましたが、
煩悩はゼロにはなりません。
瞬間的にゼロにはなっても、
ゼロを維持出来ません。
なので、
煩悩と上手に付き合うことを大切にしています。
煩悩に溺れることなく、
煩悩の中を泳ぐ感じにしています。
宜しからぬ慾を捨てる
【生きながら死に切る】
と
【煩悩の中を泳ぐ】
とは似ているかもしれません。
洗心でいえば、
【宜しからぬ慾を捨てる】
ということです。
僕は洗心し、物欲や性欲を捨てるようにしています。
そういう生活をして結構時間が経ちます。
すると、
どうなったかというと、
大切な1つが残りました。
例えば、
絶対に欲しいものが3つあったとします。
物欲Aを捨て、
物欲Bを捨て、
物欲Cを捨てます。
「これいらないや~」
と1つ1つ捨てて行きます。
すると、
最後に残ったのは、
物欲Xでした。
それは、自分が本当に欲しかったものです。
物欲を色々と抱えている頃は見えませんでしたが、
全てを捨てると、
本物が見えて、
それが自分のものになります。
金の斧の童話に似ています。
正直なきこりは、
川の中に自分の斧を落としてしまいます。
ヘルメス神が現れ、
金の斧も銀の斧も違うというと、
最終的に、
金の斧、銀の斧、自分の斧の3つを手に入れます。
洗心という作業は、
正直なきこりのように、
本当の自分の思いでないものを捨てて行きます。
自我の宜しからぬ慾を捨てて行くということです。
そうすると、
最後には自分が本当に望むものが残ります。
僕はそんな体験を幾度もして来ました。
だから、
何か行き詰った時は、
「何を捨てるべきか」
と探します。
話を戻します。
今日一日、
余計なことはやめようと考え、
その通りにしました。
したことといえば、
吉野家のランチと
昼寝ですかね。
すると、
不思議です。
金の斧のお話みたいに
ヘルメス神が現れました(笑)
僕が欲しかった情報が1つ飛び込んで来ました。
8月13日金曜日の戯言でした。
では、では。