洗心日記

日々の気付きと出来事を綴っています。

映画「鎌倉ものがたり」の感想【2】

   


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若い頃は、「ビックなことをしたい!!」と思っていた。

若い頃は、「美人でスタイルの良い女性と結婚したい」と思っていた。

若い頃は、「世界一のお金持ちになりたい!」と思っていた。

若い頃は、目立ったことをして、ヒーローに成りたかった。

若い頃は、皆から「凄い!!」と思われる人物へなることを目標とした。

そして、若い頃は、フェラーリに乗り、世界旅行をすることばかりを考えていた。

でも今は、そんなもの、どーでもいいと思う。

興味が無くなった。

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昨日、映画「鎌倉ものがたり」を観て、思った。

一色正和(堺雅人)と亜紀子(高畑充希)の生活を観て、思った。

「気の合う人と一緒に入れたら、それでいい。」

「一緒に平凡な暮らしがしたい。」

「そして、二人で1つのことを追えれば、それ以上は何もない。」

心からそう思った。

人の価値観は変わるものだな~。

ストレートに言って、現実化しようと思えば、世界旅行も行けるし、フェラーリも買える。

でも、要らないんだよ。

世界旅行へ行って、フェラーリを買っても、手に入らないものを知ったんだよ。

その手に入らなものとは、平凡の中に見る幸せのことだ。

一時の幸せだったら、出逢いのラブラブ期間に味わえる。

でも、それは覚める(さめる)幸せだ。

一時の夢だし、良い思い出だ。

ラブラブ感は、出逢った二人への神様からのプレゼントであって、一時のものだ。

本物の幸せは、夢から覚めた後に、自分の力で創り出すものなんだ。

本当の幸せを創り、無条件の愛を体験することなんだ。

無条件の愛は、平凡な生活の中にある。

というか、平凡な生活の中にしかない。

今になって、この年になって、それに気付いた。

人間は死ねば、黄泉の国へ行く。

黄泉の国へ行けば、全てを思い出すのだろう。

でもさ、俺はまだ現世にいるんだよ。

その現世で、何を思い、何を考え、何を創造するのか?

神に、今、それを問われている気がする。

映画「鎌倉ものがたり」をみて、そんなことを感じた。

前記事映画「鎌倉ものがたり」の感想

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