我を折ることが出来ると、新しい道が開く【2018スピリチュアル】
こんにちは(^^♪
洗心の「常の心」の文言に「我を折り、宜しからぬ慾を捨て」とあります。
ここが理解出来ると、人生が思ったように動きます。
今日は、そのあたりの話をします。
洗心をしていないと、人は、我(自我)の欲望を満たそうとします。
無意識の内にそのスイッチが入っていて、欲望を満たすために、あれこれ考えます。
この状態は、悪魔や邪心と繋がりやすい状態です。
欲望を満たそうとあれこれ考えていると、いつの間にかに、悪魔が横に来て、その方法をつぶやきます。
その人は、それを実行します。
結果、欲望が叶うこともあれば、叶わないこともあります。
しかし、どちらにしても、真の幸福感や充実感を体験することはありません。
また、次の欲望へ向かうことになります。
欲望を満たすというスピリチュアル地獄へ落ちて行きます。
※
得るは捨てつるにあり
幸福を体験したければ、欲望を満たす渦から、抜けることが重要だと思います。
そこには、貴方が想像したこともない世界が広がります。
それには、洗心をし、我を折り、宜しからぬ慾を捨てることです。
ここ、なかなか理解できないことですかね?
確かに、精神的にかなりハードルの高いことです。
しかし、やることはシンプルなので、そのハードルを簡単に乗り越えてしまう人もいます。
我を折り、宜しかなぬ慾を捨てることができるようになると、まったくの別世界を体験することになります。
その別世界とは、想定外の理想の姿です。
常識を超えた夢の世界とも言えますね。
「こんな世界があったの?」ということを体験します。
望みの全てを、一度捨ててみてください。
夢の全てを、いったん捨ててみてください。
捨て去った向こう側に、実は全て揃っていたという世界を知ります。
まさに、「得るは捨てつるにあり」です。
覚醒の鐘を鳴らし続けます
悩んでいる人ほど、何かに拘っています。
「絶対にモノにする。」
「絶対に手に入れる。」
「それ以外に考えられない。」
などです。
しかし、それらは、どれも自分の持っている知識のみで考えたことです。
そんな小さなものに拘って、何が生まれるのでしょうか?
宇宙はとてつなくでっかい存在です。
そして、宇宙の叡智は素晴らしいものです。
個人が小さなことに拘れば、とてつもないでっかい宇宙を感じることもありませんし、宇宙を叡智に触れることもありません。
執着は全て手放すことです。
洗心でいえば、我を折り、宜しからぬ慾を捨てることです。
ここが分かる意識レベルを持った人が増えていますね。
今の流れに乗って、洗心の世界の凄さを体験することをおススメします(^^♪
2018年、アセンションの波が次々に寄せて来ます。
今こそ、新しい意識を開くチャンスです。
このブログは、覚醒の鐘を鳴らし続けます。
鐘の音に気付いた方から、洗心をはじめてください。
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