洗心日記

日々の気付きと出来事を綴っています。

映画『天気の子』をみて来ました。感想は?評価は?

   

【天気の子のレビュー】

映画『天気の子』を観てきました。

新海誠監督の作品です。

凄く感動する映画でした。

映画の感想を書きます。

まず『スピリチュアル的な奥深いメッセージが隠されている』と思いました。このブログでいつも書いているテーマとも重なりました。

スピリチュアルで一番重要なことは【現実を生きる】ということであり、【現実の中に幸福をみつける】ということです。

しかし、実情は、ここを外している方が非常に多いと思います。

その原因の1つが、現実から離すスピリチュアル知識が氾濫していることです。多くのスピリチュアル情報は絵に描いた餅です。

自分の置かれている現実を棚に上げて、宇宙論を語り、神を語り、未来を語ります。そして、自分の外側に幸福を求め、愛を求めます。

「愛」を例にしてみると、あちらこちらで真実の愛について語られていますが、真実の愛を実践している方はどのくらいいるのでしょうか?

自らが真実の愛を実践することなく、理想を求め、自分の環境に不平不満を言い生きています。何かあれば、「あれが悪い、これが悪い」と責任転換をしています。

どこか違います。

この映画は、浮いたスピリチュアルを手放し、現実と向かい合うことの大切さを教えてくれます。そんな映画でした。

映画「天気の子」のストーリーは帆高(16歳男子)が家出をし、東京で陽菜という少女と出逢います。

陽菜は「天気の巫女として100%の晴れ女」です。生活するお金に困った帆高と陽菜は、陽菜の霊的な能力を活かして、晴れ乞いの仕事を始めます。仕事は順調で多くの人に感謝されるようなります。

※晴れ乞いの仕事
天気を晴れにする仕事のこと。

しかし、反面、大きなデメリットがありました。

ネタバレになるので詳しくは話しませんが、そのデメリットが出て、帆高と陽菜は離れ離れになります。

しかし、帆高は陽菜との再会を諦めませんでした。現実のあらゆる障害を乗り越えて、陽菜へ逢いに行き、陽菜との幸せを掴みに行きます。警察に逮捕されるような状況も切り抜けます。

現実と立ち向かい、自分の意思を通していくラブストーリーです。幸福は霊的なものにあるのではなく、現実にあると言うことを教えてくれています。

映画の題材は、「晴れ乞い」です。

晴れ乞いをする目的って何ですかね?

「晴れ」は、まさしく私たちの「理想」です。理想が現実になれば、私たちはハッピーを感じます。

しかし、広い視野でみれば、「晴れ乞い」をして、晴れになれば良いということではありません。

天気には晴れもあり、雨もあり、曇りもあれば、嵐もあります。雷だって鳴ります。

それが、私たちの暮らしている空間ということです。

もっと大きく言えば、宇宙があり、地球があり、天地があり、そこに与えられた空間で暮らしているのが人間です。

与えられたものに感謝して、与えられたものの中で生きることが重要なんでしょうね。

この映画には、そんなスピリチュアルメッセージが隠されているような気がしました。

印象的だったのは、終盤に東京に雨が降り続き、東京湾の海水が溢れて、東京の街の一部が水没する場面です。

しかし、これは元に戻ったという見方をしています。

街が水没することは大変なことですが、もともと海だったところが、海に戻っただけであれば、間違っているのは人間の方です。

「自然が先か、人間が先か」を考えれば、当然、自然が先です。すなわち、大いなるものによって与えらえたものが先ということです。

ここが凄く重要な気がしました。

これは私たち個々にも言えることです。

今日1日という環境と時間が与えらました。私たちは、それぞれが自分が与えられた環境と時間の中で、一生懸命に自分を生きれば良いだけです。

余計な理想は全て捨て、持っている愛を使って、一日を全力で生きることに、地球に存在する意味が隠されていると思います。

そのことを改めて認識させられる映画でした。

主題歌の歌詞にも深いメッセージが秘められていると思いました。

愛にできることはまだあるかい 歌詞

「支配者」「神」「運命はつまりサイコロの出た目」「愛に出来ることはまだあるかい」「僕にできることはまだあるかい」と意味深い言葉が続きます。

天気の子の評価
★★★★★(5ツ星)

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