神ってさ、自らの内のど真ん中にいるんだよ。
神ってさ、
自らの内のど真ん中にいるんだよ。
全知全能の神がいるのにさ、
俺たちは、
なぜか、
そこに意識を向けないんだよな~。
まか不思議。
内に宿る神は、
その人そのものだから、
絶対に裏切らない。
それどころか、
何か聞けば、
即、的確な答えを返して来る。
なのに、
俺たちはさ、
内なる神に聞かずに、
霊能者や占い師のところに行って、
「私はどうすれば良いのですか?」
と聞くんだな~。
俺はさ、
他人に左右されずに、
想ったことをするよ。
想ったこと神だからさ。
宜しからぬ慾を捨てて、
心配ごころを起こさないようにして、
想ったことをするよ。
想ったことをしている時ってさ、
不思議と自信があるんだよ。
その自信がどこから来ているか、
それは分からないだけど、
過信じゃない、
絶対的な自信があるんだ。
「これでいいんだ!!」
と魂から思える。
どっちが得か、
なんて考えると、
この自信は消える。
「大丈夫?」
なんて、
不安を起こしても
この自信は消える。
内なる神に、
しっかりと意識を向けて、
ひたすら、
想ったことをするしかないんだ。
俺、この生き方が好きだ。
これを貫いてきた。
途中経過なんだけど、
なんだか、
この生き方、
充実しているぞ。
その充実感というのは、
内なる魂の充実感なんだと思う。
凄く心地よい。
そして、
この充実感は不思議なんだ。
「もっと良くなろう!!」
なんて思わない。
欲望を追いかけて
目標を達成して充実感は、
「もっと」と求める。
「もっと」を求めると、
だんだんと充実感を感じなくなって来て、
逆に虚しさを感じるようになる。
魂の充実感を感じると、
不思議と
「どーでもいいや(^^♪」
という気持ちになるんだよ。
拘りが無くなって行く。
心が軽くなって、
目標がなくなって、
「今を生きればいい」
って思う。
神ってさ、
今を生きることじゃない。
余計なものを全て捨てて、
今を生きればいい。
だた一言いっておくけど、
勘違いをしてはいけないよ。
余計なものを全て捨てるというと、
すべきことを捨てる人がいる。
おいおい、
それは違うぜ。
面倒なこと、
やりたくないこと、
かったるいこと、
難しいこと、
嫌なこと、
責任を感じること、
責任を負うこと、
「好きなことだけすればいい」とか言って、
こういうものを捨てる人がいるが、
それは違う。
余計なものを捨てようとする貴方の思考を捨てることだ。
ここ大事なところ。
とにかく全てを捨てて、
内なる神と繋がれ。
面倒で嫌な事でも、
魂が進めと言えば、
進むことだよ。
魂の充実感を感じる世界は、
その先にある。